礼拝190609

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2019年6月9日 ペンテコステ主日礼拝 題:「リバイバルの祈り」

聖書箇所:使徒行伝1章12~15節 説教:丸大勝牧師

使徒行伝は、リバイバルの要因を示すガイドラインであると言われている。初代教会の歴史に学ぶことにより、信仰復興の秘訣を読み取ることができると思われる。三つの要点をあげると、①「一つになること」(使徒1:12-14)。教会が一致していないのに、聖霊の注ぎはない。ペンテコステの日に聖霊降臨があったのは、皆が裁き合わないで、赦し合い、愛し合って、一つになっていたからである。②「互いに心を開くこと」(コロサイ3:12-14)。教会は、心を開いて互いに受容していないと聖霊の注ぎはない。パウロは、第一伝道旅行に同行させたマルコが主の宣教の働きを途中で放棄してしまったことを赦せなかった。その後、同労者であるバルナバがマルコを同行させることを主張した時、反対した。過去に無責任な行動をとった働き人は連れて行くことはできないと拒否したのだ。争論の末に二人は別行動をとることになった。パウロは、この体験から「柔和、寛容を身につけなさい」と語り、教会は互いに心頑なにして、対立したり、争ったりしてはならないことを、自己反省から述べていると言われている。かたちだけで一致してもダメである。心開かれていることが重要である。③「従順であること」(使徒1:4,5)。ペンテコステ待望祈祷会は、主のご命令であった。実際、復活の証人は大勢いたと思われる。主は500人以上の人々の前にも現れたことがあった。しかし、このご命令の言葉を信じ実行した人たちは、120名ばかりの人々でしかなかった(1:15)。笹尾鉄三郎師は、「信じなければ従えないからねぇ」と言われたことを聞いている。結局、私たちは、いろいろな言い訳をするが、主は私たちに信仰があるかないかを問われるのである。信じるならば従う心で祈っていく。リバイバルを見るまで、得るまで、祈ることをやめないで祈り続ける。それが主に従うことであると信じる。これらは、リバイバルのこちら側の備えである。一方、神の主権として神の憐みによるリバイバルがある。それは、ルカ2:8-20にある羊飼いたちに与えられた信仰復興である。彼らは絶望していた。しかし、驚くべきクリスマスの知らせに触れて人生が変わってしまった。①祈りは聞かれることの確信。②賛美する人生に変えられた。③神の国を拡大する人生に変革された。これこそリバイバルだ。