礼拝190623

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2019年6月23日 三位一体第2主日礼拝 題:「キリストにある慰め」

聖書箇所:ヨハネによる福音書14章1~3節 説教:丸大勝牧師

使徒パウロは、第二コリント1:3-7のところで、神の恵みと慈愛と慰めを語っている。これは、初代教会における迫害時代にあって教会に伝えられた祝福のメッセージである。それは、キリストの慰めの言葉に呼応しているように思う。このヨハネによる福音書14:1-27にキリストにある慰めの根拠が7つ記されている。1.弟子には天国が保証されている(2,3節)。人は死後の世界について無知である。ある人は漠然と根拠なく天国に行くのではないかと思いこんでいる。聖書は明確な約束として主が天国を示しておられる。2.キリストのうちに天国への確かな道を持っている(4-11節)。天国に入るためには、たくさんの道があるのではない。キリストは、「道‣真理・命」(6節)であるご自身をお示しになられた。3.キリストの業は終わらない(12-14節)。主の昇天によりすべての神の物語が終わるのではない。続きがある。キリストの聖名によって祈り願い求めることのゆえに、神の業が地上にもたらされるのである。キリストの名による権威ある祈りなのである。4.聖霊の助けがある(15-17節)。主は「我行かん。彼来たれり」と聖霊降臨を預言された。そして、ついに真理の御霊、助け主がペンテコステの日にくだられた。そのことにより聖霊が教会と弟子と共にいてくださる世界の幕が開けられたのである。5.弟子は孤独ではなく、再臨がある(18-24節)。すべての御業を成し遂げられた主は昇天により父なる神の勝利の右に座られた。そのお方はやがて再臨のキリストとして教会と弟子を迎えに来られるのである。6.聖霊が教え導く(25,26節)。聖霊は助け主としてお働きになられる。御霊はキリストの霊であってキリストを告白し彼を指さす。すべてのミステリーに光を当ててつまびらかに謎を解いてくださる。7.平安を与えられる(27節)。十字架の前にして平安を持っておられたキリストが持っておられた平安を与える、と言われた。これも聖霊との関係で約束されている神の現実としての臨在そのものである。これらは、あらゆる時代のすべてのクリスチャンが注目すべきものである。私たちは今日、何かに恐れていないだろうか。何かに怯えていないだろうか。今日、もし命をとられたならば、何の拘りもなく神に委ねることができるだろうか。そのために神の慰めが必要なのである。