礼拝190707

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2019年7月7日 三位一体第4主日礼拝 題:「道、真理、いのち」
聖書箇所:ヨハネによる福音書14章4~11節 説教:丸大勝牧師
主イエスは、天国のことを弟子たちに明確な希望としてお示しになられた(1-3節)。そして、「わたしがどこへ行くのか、その道はあなたがたにはわかっている」(4節)と主は言われた。ところが、トマスは、「主よ、どこへおいでになるのか、わたしたちにはわかりません。どうしてその道がわかるでしょう」(5節)と答えた。これは、主がこれまで弟子たちに教えてこられたことを思い出させようと意図して語られた言葉である。それはさながらおびえた子どもへのやさしい語りかけのようである。弟子たちは本当はすでに知らされていた。ある聖書学者は、「彼らは、父も財産も持ちながら、それを知らないで揺りかごに寝ている幼子のようなものだ」と言っている。神は私たちの弱さを思いやることができないお方ではない。特別な恐れと不安の中にいる弟子たちを主は真理を忘れ去ってしまうことがたといあっても、それをも理解し慮って受けとめてくださるのである。主は、そこで、「道、真理、いのち」なるご自身をお示しになられた(6節)。①道。それは十字架によるとりなしと贖罪の唯一の道である。一本の道。②真理。旧約のすべての啓示は、イエスを示している。儀式と犠牲も神の子羊なるイエスの象徴であった。主を知ることが真理を認めること。③いのち。すべてのいのちの源。唯一の死からの救済者であり、永遠のいのちの付与者である。どんなに弱く、愚かであっても主によりいのちを得る。「父のもと」とは、天国である。子なる神は、父はと一つなので天国につながっている。7節から11節までの、父なる神と子なる神の結びつきは、何という神秘であろうか。これらは私たちの理性や知性をはるかに超えていて簡単に理解できることではない。私たちは、このような説明できないことは、信じること。解釈できないことは、尊崇することで満足すべきである。それほどに神と人間とは異なるのである。しかし、神の神秘によって人類の救いが覆われているのではない。私たちは、単純な真理に導かれ大いなる慰めを得ることができる。イエス・キリストは、父なる神と一つであり、創造者であり神であり救い主であられる。私たちを愛して十字架の死によって贖いの御業を貫徹してくださった。神はそれを自分ためであったと信じ受け容れる者の罪を赦し命を与え救ってくださるのである。