礼拝190811

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2019年8月11日 三位一体第9主日礼拝 題:「神秘なる聖霊」
聖書箇所:ヨハネによる福音書14章21~26節 説教:丸大勝牧師
今年度の標語は、「三つの愛による宣教」―つながる教会―である。聖書は、ルカ10:27「心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ。また、自分を愛するように、あなたの隣人を愛せよ」である。この一連の内容が表現されている絵を一つあげるならば、バチカン市国のバチカン宮殿内のシスティーナ礼拝堂の天井に描かれている「アダムの創造」である。そこに父なる神と被造物であるアダムが指と指でつながろうとしている。この絵は、神がご自身のかたちに似せて人を造られたことを示すだけではなく、その麗しい関係とつながりが原罪のゆえに絶たれており、それを再びつなげようとしておられるように思えてならない。神により造られた人は、神と愛によりつながり(人は罪人であるゆえに聖なる神と和解しなければ関係は回復されない。十字架による悔い改めと信仰により救いを受けるのである。この時に人は神を愛するようになる)、自分とつながり(人は神により罪赦され愛される時に自分の過去と現在を受容していくことができ本当の自分を愛するようになる)、隣人とつながる(人は自己受容できる時にはじめて隣人を愛することができる)ならば真にさいわいな人生をおくることができる。そればかりではなく、その愛に生きていくならば宣教へと送り出されていくのである。その秘訣が今朝の箇所に記されている聖霊であると思われる。最後の晩餐の席上で主イエスは弟子たちと別れなければならないことを告げられた。明日の金曜日に主は十字架刑により死なれる。弟子たちは人生の主と離れてしまう。それは、永遠の別離であるようにも思える出来事でもあったと思われる。主との絶縁、主との関係の遮断。しかし、主はご自身を見捨て離れて行った弟子たちを赦し愛して再び出会われる。そして、ペンテコステの聖霊降臨を待ち望むことをお命じになられ、昇天される。弟子たちはそのお言葉を信じその通りに祈りつつ待っていた五旬節の日に約束の聖霊は俄然地上に注がれて、主の約束は成就し、キリスト教会は生まれた。そして、弟子たちは聖霊に満たされて、宣教の器として遣わされて行ったのである。彼らは、再び絶たれていた神(イエス)とつながり、自分を回復し本当の自分につながり、隣人とつながったのだ。