礼拝190929

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2019年9月29日 三位一体第16主日礼拝 題:「最後の手紙」

聖書箇所:テモテの第2の手紙1章9節 説教:丸大勝牧師

遺言的手紙を書くとするならば、その意味は決して軽いものではない。三浦綾子著「塩狩峠」の中で主人公永野信夫の父が家族に残した遺言は感動的なものがあった。今も記憶に残っている。さて、使徒パウロは、AD66年~68年頃にローマにおいて斬首されて殉教したといわれている。この第二の手紙は彼が死期の迫ったことを自覚して、殉教を待っている間に執筆されたと考えられている。これは、若き伝道者テモテに書き送られたいのち賭けたパウロの遺言ともいうべき最後の手紙となった。ご存じのように使徒行伝はAD61年、パウロがローマに投獄されたところで終わっている(28章)。しかし、一旦AD63年に放免される。その後、時の暴君ネロの陰謀によりローマ大火の犯人はキリスト者であるとでっちあげて教会への大迫害が起こる。そして、多くの信者たちが残虐な方法で虐殺されていく。おそらくパウロはローマに放火した反逆者として濡れ衣を着せられたキリスト者たちの世界的指導者として全責任を取らされてさらし者になったのだと思われる。彼が繋がれていたであろうといわれるローマの牢獄跡に行ったことがある。ほとんど明かりがない冷たい石牢であった。そこで、「冬が来る前に、急いで来てほしい」(4:21)とテモテに切実なお願いを伝えているのである。パウロは、是か非でもテモテに残したい言葉があった。それは彼の心臓の部分を後継者として受け継がせたいものであった。さて、パウロは、第一伝道旅行で訪れたルステラでテモテを導いた。その後、第二、第三伝道旅行では同労者としてキリストに仕える労苦も涙も共に体験してきた。テモテは青年であったが、その信仰は真実であった。それは祖母ロイス、母ユニケから受け継いだ「偽りのない信仰」(1:5)であった。パウロは、この若者に自分のいなくなる前に、信仰の遺産を残したかったのだ。救霊について、牧会について、神の裁きについて、神の国について、もっと聞かせたかった。「やがて冬が来る。すると地中海は荒れて船が渡れなくなる。来春まで自分の命は保証されない。処刑の後に到着しても無駄になってしまう。さあ、早く来るのだ。テモテ。」と。パウロのこの躍動する深い感情は私たちの心にも伝わってくる。さあ、私たちも同じ信者としてキリストの宝を内にいただいている。それを遺言として誰かに残す者でありたいと願う。