礼拝191020

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2019年10月20日 三位一体第19主日礼拝 題:「神を知らない人」
聖書箇所:ヨハネによる福音書15章17~21節 説教:丸大勝牧師
有名なギリシャ帝国を興した王アレクサンドロスの家庭教師は、ソクラテスであった。ソクラテスは、「人々が知っているという思い込みを跡形もなく崩した人物」である。彼は当時の人々に対して、「あなたがたは自分自身が何も知らないことに気づいていない」と言った。そして、「私は自分自身が何も知らない者であることを知っているので、あなたがたよりも知恵者である」と言い哲学を深めていったという。今朝の箇所は、人の無知のゆえに、神と弟子たちに対する姿勢と態度が全く間違っていることを教えておられる。すなわち、人々は神を憎み弟子たちを迫害するのである。人にとって知ることが如何に重要であるのかを考えさせられる。人にとって知らなければならないことを置き去りにするならば、致命的な結末に至ってしまうことがあるということである。さて、ヨハネ3:1-10にニコデモが登場する。彼はパリサイ人であり、ユダヤ人の指導者、イスラエルの教師であった。また彼は人を分け隔てすることなく広義においても優れた立派な人であった。しかし、そのようなニコデモが大切なことを自分が知らないことについて気づき、主イエスに求道したのである。それは、「自分には神は一緒にいない」ということであった。これは、彼にとって決定的な欠けであった。その秘訣を少しでも早く知りたいと思ったニコデモは、朝ではなく、その日の夜のうちにイエスを訪問した。夜であったことが興味深い。人間にとって夜がある。絶望的な暗闇がある。そして、最大の夜は死である。それまでどんなに一生懸命積み上げてきても、これが来たら全く崩壊してしまう。二つ目の夜は、罪の夜である。ローマ7:19-24にパウロの体験が記されている。ニコデモはそのような人間の夜を携えながらキリストを訪問したのである。私たちも自分の夜を担いつつありのままをぶら下げて近づくことができるキリストがおられることを覚えたい。ところが、ニコデモは主から「だれでも新しく生まれなければ、神の国を見ることはできない」という言われた時、その意味がわからなかった。これは、肉体の生まれ変わりではなく、内面の生まれ変わりである。人は残念ながら霊的なこと、神による救いの問題のことなどは、この世の学問的知恵では理解できない。だが、この後ニコデモは救いへと導かれるのだ。