礼拝191222

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2019年12月22日 クリスマス主日礼拝 題:「インマヌエル」

聖書箇所:イザヤ書7章14節 説教:丸大勝牧師

キリストが誕生されたことは偶然ではない。BC700年頃、イザヤによって、救い主が生まれることが預言されていた。そして、そのしるしについても明確に示されていた。「主はみずから一つのしるしをあなたがたに与えられる。見よ、おとめがみごもって男の子を産む。その名はインマヌエルととなえられる」と。そのしるしは、①処女から生まれること。②男の子であること。③その名がインマヌエルと呼ばれること。インマヌエルとは、ヘブル語で「神われらとともにいます」の意味である。この幼子に神がともにおられることによって、預言が成就したことを著者マタイは福音書1:23で記録している。この方こそ人類の救い主なのである。では、私たち日本人とこのお方とはどのような関係があるのだろうか。今年度のクリスマステーマは、「Let us love one another~神は愛です~」 「愛する者たち。私たちは互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛がある者はみな神から生まれ、神を知っています。愛のない者は神を知りません。神は愛だからです。」(第一ヨハネ4:7,8 新改訳)である。私たちもインマヌエルの神の愛を受けて、互いに愛し合う人生を歩みたいと願っている。①「神は愛であること」 神の愛は人間の愛とは違う。人間が判別できるような小さなものでもない。弟子たちは、この世の愛と区別して神の愛を「アガぺー」という言葉で表現した。すなわち、無限無量の「与えて惜しむことのない愛」である。それは、やがて十字架による罪からの「贖いの愛」として表わされた。クリスマスは長い間人間の目に見ることができなかった神が広大な愛のお方であることを啓示された日なのである。②「誰の心にも届く深い愛」 救い主が馬小屋で生まれたことには意味がある。神は私たちがどのような環境、境遇にあったとしても、そのことに囚われることなく、一人ひとりを「かけがえのない一人の人」として神の愛の焦点として愛しておられる。神は友人、夫婦、親子の愛にも及ばない、さらに深い愛をもって私たちを愛しておられる。③「神の愛は限りなく永い」 死ぬということは誰にでも来る運命である。「罪の支払う報酬は死である」と言われているが、神に背を向けた罪の結果である死と裁きから救われる必要がある。救いは永遠に続く。その希望が他者を愛する者とされるのだ。