礼拝200419

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2020年4月19日 復活節第2主日礼拝 題:「大預言者の死」
聖書箇所:マルコによる福音書6章14~29節 説教:丸大勝牧師
バプテスマのヨハネといえば、教会学校の子どもたちから見るならば、「へんなおじさん」かもしれない。らくだの毛ごろもを着物にし、腰に皮の帯をしめ、いなごと野蜜とを食物としてユダヤの荒野で神の教えを宣べていた人物である。シンプルライフの健康食愛好家と見る人もいるかもしれないが、ちょっと普通ではない容姿と風貌であったと思われる。これで自傷者であり墓場に住んでいたならば、レギオンに支配されていた男と間違われたかもしれない。しかし、彼は旧約の預言者エリヤの再来とも評される偉大な神に遣わされた神の人であった(ルカ1:17)。ヨハネは救い主を人々に紹介するために来た。そしてその一点においてその生涯を貫いた。だがそんなヨハネも失意と懐疑に苦しんだ日があった。ヘロデの迫害で投獄された時、獄中で耳にするイエスの評判が、彼の待ち望んでいたメシヤのイメージとマッチしていなかったからである(マタイ4:14,ルカ7:18-23)。ヨハネのメシヤ観は、「世の裁き」であった。「斧がすでに木の根もとに置かれている」(マタイ3:10)と語っているように、良い実を結ばない木はことこどく切られて捨てられると言うのである。それなのにイエスは、憐れみと福音宣教のみに没頭しておられる。これにヨハネはある意味で痺れを切らせて使者を派遣して、「『きたるべきかた』はあなたなのですか。それとも、ほかに待つべきでしょうか」と尋ねさせたのだ。「わたしにつまずかない者は、さいわいである」と、主はご自身をヨハネに改めてお示しになられヨハネはそのことにより救い主イエスを確信したのである。準備をする者と救いを実現する者の心は合一した。その後で、ヘロデ大王の息子ヘロデ・アンティパスの手によってヨハネは処刑されてしまう。彼はガリラヤとペレヤの国守であった。狡猾な男は兄の妻ヘロデヤに思いを寄せ、ついに彼女を我がものとしてしまう。それをヨハネは見逃すことはできず、権力者の罪を非難した。このために彼は投獄されたのだ。実はヘロデはヨハネに一目置いており彼の教えを喜んで聞いていた(20節)。しかし、自分の誕生日の祝いの場において毒婦ヘロデヤの悪知恵により、ヨハネの首を斬ることを命じてしまう。プライドが彼の弱点であったのだ。ヨハネは使命を終えて死んだ。だが主はやがて復活された。