礼拝201101

このエントリーをはてなブックマークに追加
 2020年11月1日 召天者合同記念礼拝 題:「眠っている者」
聖書箇所:テサロニケ人への第1の手紙4章13~18節
説教:丸大勝牧師
 
新型コロナウイルス感染流行で想定外の2020年となってしまったが、今年も召天者合同記念礼拝を行うことができ感謝したい。さて、よく多くの方々が人が死ぬと皆天国に行くようなことを話しているのを耳にする。それは正しいことなのか。もし天国を備え支配しておられる創造者なる神がおられるとすると、そのお方の法(ルール)がその死人が天国に入るか否かを決めることに適用されるのではないか。天国に入るためには、神の設けられたルールを守らなければ入ることができない。もし善い人も悪い人も天国に行ってしまうならば、そこはこの奸悪な地上社会と同じような世界になってしまうではないか。そこはもはや幸せな神の国とは言えなくなる。神がそんな愚かなことを計画されることはあり得ない。そこで、神は人間のどうしようもない天国行きを妨げる人間の原罪を赦し清めるために、独り子イエス・キリストの十字架の出来事により、全人類の罪の裁きの身代わりとされた。人間の罪は罰を受けなければならないが、それを聖なる神の子が代わりに背負われて罰せられたのである。これを贖いの死と言う。そして、「十字架は、我がためなり」と信じる者の地上でのすべての罪の言動と罪の性質すべてをイエスの死に免じて帳消しにしてくださるのである。これを一人ひとりが自分のこととして信じ受け取っていく時にその人は神の用意された天国行きのためのルールを守ったことになる。その人こそ神の国に入る資格を得るのである。そこに神の恵みと人間の信仰という原則がある。それゆえに人は誰でも死んだら天国に行くことにはならないのである。これは創造者によりこの世界に生み出されたすべての人々が謙虚に膝をかがめて認めなければならない。今朝、私たちが記念している天国教会の方々は、その恵みに与ることができたのである。さて、この方々はこれからどうなるのであろうか。使徒パウロの手紙によると慰めと希望が示されている。それが今日の聖書箇所である。テサロニケの手紙は終末論を扱った書簡である。この手紙によりパウロは、世の終わりについての教えで混乱していた教会を正道に引き戻そうとした。①眠っている者については、望みを持たない人々のように悲しまなくてもよい。②空中再臨の時、甦り栄化される。③主と共にいる。