礼拝R30124

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 2021年1月24日 顕現節第2主日礼拝 題:「驚くべきしるし」
聖書箇所:ヨハネの黙示録15章14~22節 説教:丸大勝牧師
患難時代に愛なる神がなぜ厳しい審判をなさるのか。それは、二千年以上、祈り続けられてきた教会の祈りの成就である(主の祈り 御国を来たらせたまえ 御心の天になるごとく地にもなさせたまえ)。正義の神がいつまでも悪を見逃しておられることはない。これは創造主の正当な裁きなのである。15章に至りいよいよ最後の災害「七つの鉢」が地にぶちまけられようとしている。ここはその序章である。ヨハネは、驚くべきしるしを見た。このしるしは、12:1のしるしと対比されている。七人の御使が最後の七つの災害を携えてきた。患難時代には、三つの裁きの段階がある。①七つ封印。②七つのラッパ。そして、③七つの鉢の裁きである。これらの裁きは螺旋階段的に進行する。神の正義の激しい審判は、三角形の頂点に向かって行き、その刑罰はいよいよ激しさを増していくのだ。分解 1-2 七つの災害を携えた七人の御使。3-4モーセの歌と小羊の歌。5-6 開かれた天の幕屋の聖所。7-8 七つの鉢。裁きの前に、ヨハネは、患難時代に反キリストと偽預言者に打ち勝ち殉教した人々が主の臨在の元、モーセの歌(出14:26-15:18)と小羊の歌を(キリストの贖いと救いを信じ貫く人々が血の海を越えた)歌う様を見た。患難時代に主を信じることは、殉教を意味している。彼らは勝利した者として主を誉め称える。その後、モーセ時代の会見の幕屋の原型である天の幕屋の聖所が開かれた。これは、鉢の裁きが聖なる所からすべての終わりとしてもたらされることを示している。そして、この裁きが終わるまで誰も聖所には近づくことが許されない。これは神の審判が誰ももの申すことができないほどに正しく厳かな御業であることを教えている。興味深いことは、この裁きに「四つの生き物」に関わっていることである。これは天に移されたキリスト教会、聖徒たちである。教会が激しい怒りに満ちた七つの金の鉢を七人の御使に渡すことによって神の裁きに参加する。天の聖所は神の栄光とその力で満ちた。これは神の臨在そのものである。そして、準備が整えられついに天の父な神の声が響きわたる。「さあ行って、神の激しい怒りの七つの鉢を、地に傾けよ」(16:1)と。この章により私たち信者は、神の怒りから解放されていることを心に刻み感謝し応答することを示される。