礼拝R30307

このエントリーをはてなブックマークに追加
 2021年3月7日 四旬節第3主日礼拝 題:「千年王国」
聖書箇所:ヨハネの黙示録20章11~15節 説教:丸大勝牧師
神学生の頃、大阪の教会で奉仕をしていた。大学生の求道者がキリスト教はゾロアスター教に似ている、と言っていたことを思い出す。それはペルシャ人の宗教で、多神教であり善なる神と悪なる神が常に戦っているという世界観に立っていて人間は否応なしにその闘争に巻き込まれているというのである。黙示録を読みながら同じような印象を持たれる方がおられたならば、それは正しい認識ではないので一言添えておきたい。聖書の神はゾロアスター教の多神教の神のように悪魔と対等の存在として善と悪との戦いを繰り返しているようなお方ではない。主は、王の王、主の主である。圧倒的権威によって悪を打ち滅ぼされるのである。それとの比較にはならない。19章でキリストは地上再臨をされ反キリストと偽預言者を硫黄の燃えている火の池(ゲヘナ)に投げ込まれた。加えて「それ以外の者たち」、すなわち獣に従っていた地上の王たち軍勢は、キリストに打たれてしまう。そして、いよいよ千年王国の到来である。分解 1-3悪魔の束縛 4-6第一の復活と千年王国 7-10 悪魔の最後 11-15 最期の審判 さて、主なる神のストーリーはなお続く。悪の三位一体が崩れた。後に残ったのは誰か。サタンである。彼の最後のために神は千年の束縛を許される(2,3節)。その間、主の恵みが三つある。①キリストの教会が主の花嫁となって、天を継ぎ地上を治める(9:7)。②選民イスラエルが神の民として地上の拡大された聖地を十二部族として分配し受け継ぐ。③患難時代に迫害された異邦人のレムナント(残れる者)が復活する。天において地上のイスラエルの統治に貢献する。祭司の役割とはそれである。実は千年王国については、旧約には250回の預言が記されている。黙示録は患難時代が中心なので千年期には多く触れられていない。かくして、ユダヤ人は神の長子としてエルサレムを中心に世界に仕えるのである。さあ、千年期は瞬く間に過ぎるだろう。ついにサタンの最後が来る。彼は千年期後、一時期底知れぬ所から解放されるが、キリストの超自然的力により完全に打破されてしまう。人類歴史において長きに亘って惑わしてきた悪魔は、火と硫黄との池に投げ込まれる。彼はもはやそこから出てくることはできない。そして、最後の審判なのである。