礼拝R30418

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 2021年4月18日 復活節第3主日礼拝 題:「神の本質の真の姿」
聖書箇所:ヘブル人への手紙1章1~14節 説教:丸大勝牧師
1975年、神学生の1年目のこと。2年先輩の学生から、「丸大君は、聖書中何が一番好きですか」と問われた。本当は、聖書全巻も一度も読んだことがないにも関わらず、わかっているようなつもりで、「はい。ヘブル人の手紙です」と答えた。「それは素晴らしい。ヘブル書は深遠な神の真理が記されているからね」と言われた時、何も知らないのに、頭に浮かんだ書をよくもそう答えたものだ。赤面の至りである。だが、今は違う。ヘブル書のことが大好きである。今日からヘブル書を学ぶことになる。著者は不明。執筆年代は、AD70年のエルサレム崩壊以前であろうと言われている。執筆場所は不明。宛先は、パレスチナ以外に居住するイタリヤにいたユダヤ人キリスト者であろう。執筆事情は、祖国から離れた地にいるユダヤ人キリスト者の信仰を励ますためである。彼らは、信仰を持った最初の頃は、よく迫害に耐えていたが、いつしか心は萎え信仰を捨てる者やユダヤ教に逆戻りする者が出てきた。そこで、著者はこの手紙により、キリストの豊かさと卓越性を指し示し、与えられた信仰に留まるように導いている。この1章では、キリストを栄光の主、神である救い主であることを示している。分解1-3 キリストの優越性として預言者にまさる。4-14 キリストの神性において御使いにまさる。旧約時代は、神は預言者によってご自身の御心を人に告げられた。しかし、新約時代には、御子イエス・キリストによって語られたのである(1,2節)。つまり、神はご自身の御思いを人に伝えるために、御子をこの世に与えられたのである(ヨハネ3:16)。そして、人類の不幸の元凶である原罪の問題を帳消しにするために、御子は十字架の死と復活によりその救いを完成されたのである。そのことをただ信じて受け入れる者の罪を赦し永遠の生命の希望を与えるという驚くべき恵みを顕された。私たちは、いつの時代もそこから神の御心を知っていくのである。決して何かの神秘体験を求めるのではない。実にキリストのご生涯が神の声であり、キリストのご人格が神の御姿なのである。また、彼は万物の創造者であり、相続者であり、それを保持されるお方である(2,3節)。そして、彼は人類の贖いを成し終えて今や父の右の座におられる。私たちはこのお方を礼拝するのである。