礼拝R30523

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 2021年5月23日 ペンテコステ礼拝 題:「前進する信仰」
聖書箇所:ヘブル人への手紙6章1~12節 説教:丸大勝牧師
コロナ禍、「ゆうつな気分から抜け出せない」「ずっと気持ちが沈んでいる」という人たちが多くなっている。信仰者は如何に対処するべきなのか。当然人間は肉体・精神・霊を一つ人格の中に持っている存在であり、トータルとして捉えないといけない。医学的治療の必要な病的なものでない限り、前向き肯定的な信仰により乗り越えていくことができることを信じる。今朝は、聖霊降臨記念礼拝において、前進する信仰について学んでみたい。基本的に信仰者は、神秘的な世界に生かされている者である。信者は聖霊により導かれている。人間の限界を越えた存在である神の霊によって生かされているといえる。教会の聖霊時代は、ペンテコステの日に幕があいた。今もそれは続いている。ヘブル人への手紙の著者は、ローマ軍によるエルサレム陥落(AD70年)前、たいへんな時代に入ることを予想しているように、イタリヤにいるユダヤ人の信者を励ましている。分解1-3 完成を目指して進むべき勧告。4-8 堕落に関する警告。9-12 信仰と忍耐により約束のものを受け継ぐことの勧告。13-18 神の約束と誓い。19-20 先駆者イエス。信仰生活には、初歩は大事である。基本的なことがはっきりしていないとその次はない。しかし、会堂建築においても、いつまでも基礎工事をしていたのでは次の仕上げ工事に移行していくことができない。そこで、著者は、「初歩をあとにして、完成(円熟・新改訳)を目指して進もうではないか」(1節)と勧めている。まず①前進すること。自転車のペダルのように絶えず踏み続けていないと横転してしまうように、信仰も前進することをやめてしまうとダメになってしまう(ピリピ3:12-14)。②押し進めること。万難を排して進んでいくことである。困難を見ないで主を仰いで進んでいくことである。これは、失望の危険から信者を守る。「四方から患難を受けても窮しない。途方にくれても行き詰まらない」(第二コリント4:8)。なぜならば、「わたしたちに賜っている聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからである」(ローマ5:5)とある。今日の大切な礼拝によって、もう一度新たなる決意により、「上に召して下さる神の賞与(栄冠)を得る」ために励んでいこうではないか