礼拝R30530

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 2021年5月30日 三位一体第1主日礼拝 題:「変らない祭司の務め」
聖書箇所:ヘブル人への手紙7章22~28節 説教:丸大勝牧師
人は、いつでもどこでもどんな時にも何かに救ってほしいと求めている。そんな都合の良いお話があるのだろうか。いやあるのだ。但しそれはどこの神や仏でもいいということにはならない。創造主のご計画に添った救いを受ける側の備えが必要になる。その救いを得るためには、適切な知識と信仰が必要になる。これは、創造主が摂理的に定められた驚くべき神の知恵による人類の救いの真理である。分解1-10 キリストの模型である王、祭司なるメルキゼデク。11-14 レビ系の祭司職の不完全さ。15-21 キリストの祭司職の優越性。22-25 完全に救う祭司キリスト。26-18 完全な神の御子である大祭司とその品性。5章6節で唐突にメルキゼデクと呼ばれる人物が出てきて奇異に感じた方がおられるかもしれない。7章では、その紹介がなされている。非常に神秘的な存在である。そして、キリストはメルキゼデクのような大祭司であるといわれている。メルキゼデクは、創世記14章でアブラハムの時代に突然現れるのであるが、イスラエルにおいてはモーセの時代からレビ族が祭司になるのだが、それとは関係がない。系図もなく、生死の消息もなく、不思議な神からの使者であった。アブラハムは、彼に十分の一の献金をささげている。神だけがこの献金を受けるお方である。著者は、在来のレビ族からの祭司と分けて、彼が直接神から遣わされた祭司であって、キリストと重ねているのだ。イエスこそ永遠の大祭司であることを示している。この大祭司であるキリストは、永遠不滅のお方として変わらない祭司の務めを持ち続けておられる。そして、「彼は、いつも生きていて彼らのためにとりなしておられるので、彼によって彼に来る人々を、いつも救うことができるのである」(25節)。この「いつも」と訳されている言葉は、新改訳では「完全に」、新英訳では「絶対に」とある。キリストは、永遠に、いつも、いつまでも信じる者を救ってくださるのである。今も明日も次の日も、完全に救っていただくことができるのである。ここに一人も滅びることなくすべての人々が救われることを願っておられる神の熱心が顕されている。これは、本書の著者特有の教えではない。使徒パウロも完全な救いを証している (ローマ8:33,34)。さあ、変わらない大祭司の務めを心から感謝し崇めよう。