礼拝R30627

このエントリーをはてなブックマークに追加
 2021年6月27日 三位一体第5主日礼拝 題:「信仰とは」
聖書箇所:ヘブル人への手紙11章1~6節 説教:丸大勝牧師
分解1 信仰の本質。信仰とは何なのか。信仰とは目に見えないものの実体を示して確証し、それを現実として見ているかのように確信することである。2-38 信仰の模範。ここで旧約聖書の人物が次々に挙げられている。彼らの信仰の生涯がわかる。著者は10章で、新しい契約に与ったものは、愛の実行と礼拝に励むこと。また、忍耐して約束の大いなる信仰の報酬を得るように勧めてきた。11章はその続きで事例をあげて聖徒たちに倣うように促している。39-40 結論。但し、彼らは新約の契約を知らなかった。それゆえに、「約束のものを受けなかった」のだ。これが、キリストによる恵みの祝福である。「さらに良いものをあらかじめ備えて下さっている」も、約束のものと同じである。さて、この章は、信仰の讃歌と呼ばれたり、信仰の勇者列伝と名づけられることもある。神を信じた人々のことが紹介されており、「信仰」という言葉がたくさん出てくる。「昔の人たちは、この信仰のゆえに賞賛された」(2節)のである。6節では、「信仰がなくては、神に喜ばれることができない」とある。どんな犠牲も、どんな奉仕も、もし信仰が伴わなれば神に喜ばれることはできないのである。4節以下の事例によると、すべての聖徒たちの判断と行動に信仰があったことを証していることに注目したい。信仰のいけにえ、信仰の歩み、信仰の働き、信仰の服従、信仰による望み、神の力を当てにする信仰、子どもを祝福する信仰、信仰の礼拝、信仰の希望、信仰の大胆さ、信仰の決心、信仰の受容、信仰の勇気、血に信頼する信仰、信仰による脱出、信仰の勝利、信仰による救いなどを学ぶことができる。しかし、最後の節によると、興味深いことが記されている。そのように素晴らしい信仰生涯を送った聖徒たちであったが、「約束のもの」「さらに良いもの」を受け取っていなかったというのである。正確に言うならば、「それを望み見て、あるかのように信じて生を全うした」ということである。実は、このことが「賞賛された」のである。しかしながら、新約時代に生きる私たちは何と幸いなことか。「約束されたもの」が、完成されたかたちで与えられているのだ。それが、真の大祭司キリストである。私たちは、「さらに良いもの」を見ている。得ているのである。旧約は新約で全うされたのだ。