礼拝R30808

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 2021年8月8日 三位一体第11主日礼拝 題:「神に近くある者」
聖書箇所:ヤコブの手紙4章1~10節 説教者:丸大勝牧師
4章、5章は、主題別の教訓が記されている。まずこの4章の分解1-10 欲望との戦い。11-12 悪口を言うな。13-17 自己過信の警告。これらの問題は今日も同じようにある。その勝利の秘訣は何であるのだろうか。ヤコブは、3章において平和が人間にとって理想的状態であることを語った。しかし、この章では今も昔も、そして古今東西常にある一つの現実を指し示している。それは、争いの歴史である。個人的人間関係でも、各家庭でも国家間でも争いはある。これほど人間の原罪があることの証明は他にない。人間の罪は、創造主から離れた結果もたらされたものである。それゆえに、その神との関係が回復されなければどうしようもない。①神に近づくこと。被造物として謙虚になることなしに神に心を向けることはできない。へりくだることである。ア、罪あることを認めること。イ、自己救済ができないことを認めること。ウ、人間の魂の根源者である神が解決してくださることを信じる。この三つで神に近づくことができる。②神を求めること。人間の不幸の元凶が原罪であるならば、そのままでどんな願い事も適えられるはずがないだろう。神と和解して始めて真の求める者とされるのである。「あなたがたは、求めないから得られない」(2節)とは、そういうことである。そして、「求めなさい。そうすれば与えられる」(マタイ7:7)が、信仰の鉄則である。正しい求め方をするならば、神はお答えくださるのである。③神が人に求められること。神に近づくことにより、神の御心がわかり神の求められることを知る。信仰を持つということは、何かの自己願望の達成のためではなく、神を信じ、神に従い、神と共に生きるようになることである。ヨブは神に近くあることにより、苦難の意味を知り、それを越えていった。初代教会のヨセフというバルナバ(慰めの子)は、神に近くあることにより、他者に多大な影響をもたらしたのだ。敵対する人間関係の中に和らぎといやしを与えた。また、英国の政治家T・F・バックストンは、1833年、ウィルバーフォースが目指し引き継いだ黒人奴隷制度廃止を勝ち取った。それらの一つひとつが、神に近づき神と和解し救われた人々が、神の御心としての志を得て精一杯生きた証となっている。私たちも神に近くあることを何より重んじるものとなろう。