礼拝R30822

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 2021年8月22日 三位一体第13主日礼拝 題:「祈りの必要」
聖書箇所:ヤコブの手紙5章13~20節 説教者:丸大勝牧師
ヤコブの手紙5章になった。ここでも不揃いな主題が6つほど扱われている。分解1-6 富める者に対する警告。富める者の中には信仰的で優れた信者たちもいたであろうが、一般的にはヤコブの指摘のような貧しい人々を虐げていた者たちがいたのであろう。7-11 忍耐についての勧め。主イエスの再臨が近いと思われていたにも拘わらず多くの富める者は唯物的に生きていたのだ。教会は、地上の報いではなく、天の報いを求めて、忍耐をもって忠実な信者として歩むことが肝要である。12 誓いについての教え。軽々にどんな誓いもしてはならない。守られなかった場合には神の名が汚され辱められる。13-18 賛美と祈りについての教え。信者は喜びのゆえに賛美する者である。そして、賛美はさらに幸福を益し加える。また他人の喜びも増す。しかし苦しんでいる場合、どうすればよいのか。「苦しんでいる者があるか、その人は祈るがよい」とある。ここでは病んでいる者としてあげられている。当時、ユダヤ教には三つの考え方があった。①すべての病気は罪によるもの。罪は赦されなければならない。ヨブの時代も因果応報思想は根付いていたが、キリスト教会にもその影響はあろう。確かに罪の結果としての病気があるとも言えるが、義人が練り清められるために敢えて試練として与えられることもあることを忘れてはなるまい。②罪の告白は効果がある。神と他者に対しての告白による赦しを得る。罪の障害が取り去られる時、回復が与えられるのである。③ユダヤにおいて祈りの力は、「鉄よりも強い壁でその家を囲む」ようだと言われていた。これらは、実にキリストの十字架の出来事により確実なものとされているではないか。キリストにより義とされた者は、「義人」と呼ばれている。その祈りには力があり、効果あるものである。預言者エリヤも同じ人間であったが、効果ある祈りをしたことの例としてあげられている。19-20 多くの罪を覆う働き。背信者として教会を去った者が出てきたとする。もし誰かがその人を迷いの道から引き戻すならば、それは魂を死から救い出すことであり、神が大いに喜ばれることである。「何よりもまず、互いの愛を熱く保ちなさい。愛は多くの罪をおおうものである」(第一ペテロ4:8)とあるが、最後に同じことが記されている。ハレルヤ