礼拝R30912

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 2021年9月12日 三位一体第16主日礼拝 題:「想起する恵み」
聖書箇所:ペテロの第1の手紙2章1~10節 説教者:丸大勝牧師
創立82周年記念集会の聖会として、講師平岡修治先生を迎えたことを覚えておられるだろうか。そのメッセージは、当教会の新会堂建築計画の励ましとなった。私ははっきりと心に刻んだ。題「生きている人」第1ペテロ2:5、「この主のみもとにきて、あなたがたも、それぞれ生ける石となって、霊の家に築きあげられ、聖なる祭司となって、イエス・キリストにより、神によろこばれる霊のいけにえをささげなさい」。生ける石とは、信者のこと。一つ一つの生ける石が強く結び合って教会は強くされる。会堂建築と共に霊の家である共同体を整えること。そして、三つの確信の石を据えることであった。①「救いの確信」。創世記28:18,19。②「献身の確信」。ヨシュア24:26。③「臨在の確信」。サムエル上7:12。会堂建築を実現することには大きな苦労が伴うかもしれないが、信仰によって取り組んでいくならば、必ず主が共にいてくださって不思議な導きを与えて必要を満たしてくださる、と熱く語られた。これらの御言は、私自身の拠り所となった。そして、その約束は適えられつつあるのだ。私たちは心から感謝したい。入堂感謝礼拝を捧げた教会として、改めて5年前の主の御言の恵みを想い起こしたい。この2章の分解は、以下のとおりである。1-3 御言を慕い求める生活。4-10 神の民としての生活。11-12 異邦人社会での信者の生活。13-17 異邦人社会での主権者との関係。18-25 異邦人社会での主人に仕える僕。このところで、ペテロは異邦人信者が如何に生活していくのか取り上げている。そのためには、何よりも神の民の自覚が大切になる。doing(すること)よりもbeing(存在)が優先されなければならない。何者であるかが明確にされることだ。では、神の民となるためにどのような恵みが与えられたのか。①神は暗闇から驚くべき光に招いてくださった。闇から光へ。闇の中に蹲っていた者が光の世界に引き出される。②神は自分の民でない者を神の民とされた。無意味な者が意味ある者とされた。「わたしがあなたがたを選んだ」と。③あわれみを受けたことのない者があわれみを受けた。この世の神は恐怖を与える。罰、祟り、呪いが怖い。しかし、信者はイエス・キリストにより神の愛と憐れみを見出した。魂が救われる時、もはや神を恐れる必要はない。