エッセイNo7

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 ・・・ 牧師エッセイNo7 ・・・
 

NO.7

「見よ、彼らが東方で見た星が、彼らより進んで、幼な子にいる所まで行き、その上にとどまった。彼らはその星を見て、非常な喜びにあふれた。」マタイ2:9,10

 

 神学生時代のことである。教会奉仕訓練というものがあったのだが、時々、あまりの忙しさで心身ともに疲れ果ててしまうことがあった。クリスマスこそ喜びの時であるはずのものが、「クルシミマス?」になってしまうこともあった。まさに訓練途上にあった学生の頃の想い出である。校長がそんな教え子の疲弊状態を感じとったのか、授業のはじめにあるお話をされた。

 

「ママ。決まったよ。クリスマス劇の、私の役が決まったのよ。」

恵子ちゃんは、息せき切って台所に飛び込んできました。

「何になるの? マリアさん?」

「ううん。マリアさんじゃない。」

「何なの?」

「ママ。当ててみて。」

「じゃあ、天使かしら。」

「惜しいけど、はずれ」

「じゃあ、かわいい羊さん?」

「ちがうよ。」

「ママ。もっときれいなものよ。もっと高いところにあるよ。

ピカピカ光っているものよ。」

「あぁ、わかった。お星さんだ。」
「当たり!!!」

「ママ。お星はお星でもね。特別のお星さまなのよ。三人の博士たちを、ベツレヘムの馬小屋まで導く、一番大きな星なのよ。」

「まあー、よかったわね。じゃあ、頭に星の冠をつけて、きれいなドレスを着て、ゆっくり、ゆっくり、舞台の上を歩くんだ。

そして、博士さんたちが、恵子の後からついてくるんだ。」

 

「ちがうよ、ママ。竹の棒の先に、星がついていてその棒を持って、黒い幕の向こう側を恵子が歩くの。恵子はみんなに見えないから、普段着でいいんだって。」

お母さんは、それを聞いて、いっぺんに元気をなくしてしまいました。

 

 クリスマスの日、恵子ちゃんは、星のついた竹の棒を持って、一生懸命に歩きました。黒い幕の向こうをゆっくり、ゆっくり歩きました。

 

《大切な、大切な博士さんたちを案内しているんだから》

 

恵子ちゃんは、そんな喜びと充実感でいっぱいでした。お母さんも、満足でした。

 

「皆さん、このようなお話を聞くと心きよめられるでしょう。」と、校長先生は、言葉を添えて、この年、イエスさまのおられるベツレヘムに、人々を案内するために、ひときわ光る星となって、輝きを放とうではないか、と言われた。

 

星に導かれなければ、誰も、救い主イエス・キリストのところに行くことはできない。

あなたが、その星かもしれない。