礼拝R40206

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 2022年2月6日 顕現節第4主日礼拝 題:「使徒信条に学ぶ①」
聖書箇所:創世記1章1節 説教:丸大勝牧師
毎週、礼拝において当たり前のように信仰告白として唱えている信徒信条ではあるが、改めて学びたい。キリストから使徒たち、使徒たちから教会へと手渡されてきた信仰がある。その手渡されてきたものが信仰の基準となった。現在の信徒信条は、文言としては8世紀からのものであるが、その原型となる古ローマ信条は、3世紀の初めの信徒伝承の中にある。信徒信条は、神がキリストを通してなされた歴史的事実の宣言であり、神の大いなる御業に引き戻す。この告白により人々は、救いの根拠が人間にあるのではなく、自分たちの外、イエス・キリストの歴史的事実の中にあることを知る。私たちは、この信徒信条を学ぶ時、キリスト教信仰の本質的な要素、真髄に触れることができる。しかし、私たちにおいては、基本的な真理を整理する機会とし、霊的な意味においてこの信仰告白を知的なものではなく、自らの心の肉皮に刻み「我がもの」としたい。さて、今日は、「我は天地の造り主を信ず」である。日本の教育は、明治10年以来、145年間、進化論が教えられてきた。聖書を初めて開く者は、創世記1章1節で躓いてしまうのであろう。だが、同志社大学の創設者新島襄は違っていた。この第一節の言葉に心打たれ、大いに感動して神を信じるようになったと聞く。聖書は、神の存在を説明したり解説したりしていない。自明の事として宣言しているのだ。①「初めに」とは、すべての始まりのことである。科学者が宇宙には始まりがあったと認めたのは、実は20世紀になってからだ。だが聖書では、3500年前にすでに宇宙が無から造られたことを宣言していた。②「神」とは、エロヒムの神である。人間の作った神ではなく、宇宙創造の神、万物の源なる神である。③「天」とは、シャマイームという。これが複数形なので三つの天を指していると考えられる。・大空。・宇宙。・天国。④「地」は、エレッツといい。地球、土地、物質のことである。神は重力やエネルギーを持つ物質をお造りになられたのだ。このように、創造者は、時間と空間と重力やエネルギーを造られたお方なのである。⑤「創造された」。これは、バーラーという動詞が使われている。「神」エロヒムも複数形であるとすると、これは三位一体の神を意味している。実にこの宇宙は神の作品なのである。